「器は使いながら育ててゆくもの」一里塚本業窯 水野雅之さん

2019年11月、仕事で岐阜を訪れた際に愛知県瀬戸市まで足を延ばし、日本三大陶器(益子焼、美濃焼、瀬戸焼)のひとつ瀬戸焼を見てきました。

主に東日本では陶磁器のことを「せともの」と呼ぶくらいに、瀬戸でつくられる器は暮らしの隅々にありました。器のことを何にも知らない子供の頃の私でさえ「せともの」という言葉で器を呼んでいた記憶があります。

手打ち蕎麦処「志庵」さんにて腹ごしらえ。

 

この湯呑が後ほどお会いすることになる水野さんのものだとご本人から伺い、ご縁を感じずにはいられませんでした。

瀬戸の街を歩きながら下調べを同時進行。まず惹かれたのは「瀬戸本業窯」さんで、八代目の水野半次郎さんはとてもお若く、伝統ある家業を継ぎながらも、若い感性と現代のデザイン性も併せ持つ器にとても興味が湧きました!…が、瀬戸本業窯さんは月曜日定休(泣)。

さらに主人が調べてくれた中に「一里塚本業窯」さんがありました。「不定休」とあったので事前にお電話したのですがつながらず。諦めきれず、「建物の外観だけでも」と訪れたころには日が陰り始めていました。

駐車場から回り込んで現われた登り窯。その圧倒的な大きさと存在感に呆気にとられながら魅入っていたら、水野さんが陶房から出てきてくださり、登り窯の案内をしてくださいました。(この登り窯は現在は使われていないそうです)

壁にかかっている絵が一代目当主であり、水野さんのお父様。6代目水野半次郎さんから分家し、一里塚本業窯を興したそうです。

このときもまだ水野さんが一里塚本業窯をお一人でされている二代目当主であることも知らず。

写真の中に写っている「民芸の教科書 うつわ」(グラフィック社)。手しごとフォーラム主宰の久野恵一さんが監修する本で、水野さんは瀬戸焼の項を代表して掲載されていました。水野さんは久野さんと飯椀を開発されたことを後で知りました。(鎌倉 もやい工藝 推奨工芸品「瀬戸本業一里塚窯 飯椀」

写真の主人の後ろに写っているのがその飯椀です。

本業焼としてファンの多い馬の目皿や蕎麦手などのことを一つひとつ教えてくださいました。

根強いファンもいるという馬の目皿。全部水野さんの手描きです!

「馬の目はね、筆が“走る”んです。僕は30年描いてきたけど、まだまだです」と仰っていました。

珈琲が好きな私たちは、やっぱりどうしても珈琲カップに目を奪われてしまいます。

手前に並んでいる湯呑が蕎麦処「志庵」で出てきたもの!水野さんのお祖父様である六代目半次郎さんが得意とした湯呑だそうです。

カップの取っ手について色々と質問したときに、水野さんは本当に嬉しそうに、取っ手の付け方や親指で付ける模様のことを話してくださいました。

あの時の水野さんの表情はとても嬉しそうで、穏やかで、謙虚で、作り手としての温もりと情熱に満ちていて印象的です。

今も水野さんの珈琲カップを手にするたびに、あの表情が思い出されます。

「同じように作っていても、一つひとつ手作りだからほんの少しずつ違うので、特に取っ手は実際に手に持ってみて、しっくりくるものを選んだ方がいいです」とアドバイスしてくださいました。

「僕たちが作るのは“作品”じゃないんです。飾っておくようなものではなく、毎日使う“道具”。だから手にしっくりと馴染むことが大事です」とも。

私たちが珈琲カップを一つひとつ手にして、延々と悩んでいるのを、本当にずっと側で見守って、アドバイスいただきながら待っていてくださったのが、申し訳ないながらも有難いひとときでした。

悩みに悩んで選び抜いて、すっかり日が暮れてしまったにも関わらず、水野さんの陶房に案内してくださいました。

なんと明治時代からの建物そのままだそうです。

昔はこんなに大きな装置(動力は電気)で、土を砕くのも練るのもろくろも全て一斉に動かしていたとか。あまりの圧巻な存在感に圧倒されました。

床下に続く装置で、何台もあるろくろを一斉に回していたとか。床板を上げて説明してくださいました。

瀬戸の土は本当に真っ白できめが細かく、だからこそ模様の色を引き立てるのだそうです。そして練った土はしばらく置いておくことで「熟成」するとか。まるで発酵のように、土の中の微生物によって熟成が進むのだそうです。

水野さんのろくろ。ここでたくさんの器が生まれているのですね。

水野さんは陶芸教室(予約制)もされていて、この陶房で直接水野さんから手ほどきを受けられるそうです。なんて贅沢!!今度は予約して来よう!

もう本当に一目惚れした黄瀬戸の八寸皿。これを包んでくださるときに「濃い色のものを盛ると色が付くけど、怖がらずにどんどん使ってくださいね。そうやって器を育てていくのも楽しみのひとつですから」と仰ってくださいました。

確かにこの貫入(ひびのように見える線のこと)にどんどん色が入っていきます。何十年と使い込んでいくことで、新品のときにはない味わいが生まれるのだとか。

人の暮らしの営みの中にこそ美しさを見出し、使い手がいかに使いやすいかを探求し、無銘であることに徹する民芸の精神を、水野さんの言葉や佇まいから感じさせていただきました。

 

私の実家のすぐそばにある「手しごと 尾山台店」でいつもお茶を振る舞ってくださる湯呑が黄瀬戸でした。

今回、瀬戸焼を見る中で無意識にあの黄瀬戸の湯呑を探していたのですが、なんとあの黄瀬戸の湯呑も水野さん作だったことがわかり、下調べが不十分ながらも、余分な先入観のない直観に導かれていたのかと思うと、心の底から感動と感謝と感銘を受けた水野さんとの出会いでした。

「これから寒くなると、陶房では暖房がほとんど効かないし、土も冷たく、きつい季節です」と仰っていました。全ての工程を分業なしで全部お一人でされる水野さん。
お身体を大事に、益々素晴らしい器を作り続けてください!またお会いできるのを楽しみにしています。